他山の石 「いろはうた」 20  茄子作 九

  色は句へど 散りぬるを我が世誰ぞ 常ならむ有為の奥山 今日越えて 浅き夢見じ 酔ひもせず
 このご存知「いろはうた」は長いあいだ弘法大師・空海の作とされました。しかも、これを七字切で書いて見ると、上表に並ぶ文字が「いちよらやあゑ」となって、「やあゑ(ヤーベ)」つまり「エホバ」は「いちよら」つまり一つ」となる。また下一線に並ぶのは「とがなくてしす」で、「咎無くて死す」と読めるところから、キリストの福音が隠されていると云われました。
 このほか、面白いのは、あの歌舞伎のドル箱・竹田出雲作「仮名手本忠臣蔵」の題名は「咎なくして死んだ」赤穂四十七士を「四十七字」の仮名手本である「いろはうた」にあてたものでした。とすると、この浄瑠璃が初演された一七四八年には、すでに「咎無くて死す」という読みが広くおこなわれていたこおtがわかります。
 さらにさかのぼると、同じく無実の罪で処刑きれた死刑囚の作、それも詩人の作であろうというわけで、万葉の歌聖・柿本人麿の作ではないかという珍説もなされました。
 けれども、「咎なくて死す」とは「寂滅為楽」の仏教思想にあたるから、これは仏家、ことに真言宗系の仏者の作であろうともされました。
 あれこれするうちに、大矢透 の「菅図及手習詞歌考」(一九-八・大正七年)が発表され、弘法大師作説は影を薄くしました。文法などの点から空海(七七四~八三五)よりも百年以上あとのものと断案されたのです。
 とは云え、この「いろはうた」がキリスト教と関連させられたのは、空海自身が唐の都・長安留学中にキリスト教にふれたことによっているわけで、たとえ空海の作でないとしても、何となく見えない因緑が感ぜられる次第です。

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