人の目と神の目 ルカ1:1~23志賀キリスト教会・松田慎人長老

2009 年 6 月 21 日 日曜日

 

 私たちは、物であれ人であれ、失って初めてその大切さを気付くことがあります。ルカ15章11節からの放蕩息子の喩えは、その典型的な例といえましょう。弟は財を失って、はじめて人の世のつめたさと、父(神)と一緒にいたときの幸せに気付いたのでしたが、兄の方はまだこの父(神)と共にいることの素晴らしさに気付いていないのです。
 人の目から見ると、身勝手な弟に対する兄の言動は、この世の大方の人がごく普通に抱く感情で、一方的にこの兄を、ある注解書が言うように、父に長年忠実に仕えたのは、義務からであって愛からではなかったとか、また同情心が全く欠けているとか、陰険な精神の持ち主であったとかの理由をもって責める気にはなれません。
 人の目から見ると、聖書には不可解と思える箇所がいくつか目につきます。ここでの話しもそうですが、またマタイの福音書にある、ぶどう園働く労務者の話(マタイ20;1-16)などもそうです。特にこの労務者の話などは、この世の論理で、経営者対労働者という形にしますと、とうてい受け入れられない話であり、何かと物議をかもすことは明らかです。
今、あなたの立ちどころは何処でしょうか?
 弟の側ですか、兄のほうですか。あるいは先に働きに出かけた労務者ですか、それとも最後にやっと雇ってもらえた労務者の側でしょうか。
 今あなたが、どこに立ってこれらの箇所を読むかによって、これらの喩えは意味が違ってくることを知るはずです。人の目から見て、釈然としないこれらの出来事が、神さまの目から見ると、ここでは、「おまえの弟は、死んでいたのが生き返って来たのだ。いなくなっていたのが見つかったのだから、楽しんで喜ぶのは当然ではないか」となり、労務者の喩えでは「ただ私としては、
この最後の人にも、あなたと同じだけ上げたいのです」となるのです。
 私たちが社会生活を営むことは、私たちの横の関係である他者と一緒に生活することに他
 なりません。しかし、この横の関係は、自ずと自分と他(相手)という比較を生じます。また、この比較は、たえず相手を意識して暮らすことを強いたりもします。これが人の目です。ですが、この横の関係は、私たちに究極の平安をもたらしてくれるものではありません。なぜなら、比較には究極もの絶対的なものが「ない」からです。
 この兄がひとたび、その目を上に向け(この場合、弟という横の関係から、神様の縦の関係に目を転ずる)神さまを見上げれば、そこには、この自分を、掛け替えのない者として、その存在を喜び(イザヤ43:3)、慈しんでおられる神さまの視線を見いだす事が出来たのではなかったでしょうか。
 私たちは、「おまえといつもいっしょにいる」との言葉に、改めてキリスト者として、神さまを知っていることの幸せを味わいたいと思います。

 

 

 

 

 

  

キリストの最初の弟子 ヨハネ1:35~45

2009 年 6 月 14 日 日曜日

  「二人の弟子は・・・・イエスのついて行った」
                                                        ヨハネ1;37
  イエスの救世主としての公生涯の開始です。この時に、あたって弟子の選任は、将来のキリストと教会を負った立つ者であって責任重大です。
   ところが福音書記者が録すのは「イエスのついて行ったふたりのうちひとりはシモン・ペテロの兄弟のアンデレであった」と。さぞや、学歴においても、信仰歴においても、弁舌においても秀でた人物であっただろうと想像したくなる二人ですが、特にアンデレにおいてはイエス十二使徒の一人と選ばれたのですが聖書には、ここを含めて3回しか登場して来ません。
 一回目は、兄弟にシモンをイエスの元に「来たりて見よ。」と、連れてきました。アンデレは小物でしたが、シモンはやがての大使徒ペテロでした。
 2回目は、イエスのパンの奇蹟の時、わずかな、パンと魚を持った「少年」をイエスの前に紹介し、その、少年の差し出す「パンと魚」で5000人以上の群衆に、余るほどパンと魚を奇跡的に分け与えた、という大奇蹟の陰の功労者にアンデレはいました。(五章5~11節参照)三回目には、お祭りにやってきていたギリシャ人をイエスに紹介しているのもアンデレでした。(12章20~22節)アンデレは何千人の群衆に大演説をずる賜物をもった弟子ではなかった。弟子仲間の看板スターではなかった。しかし、彼の登場するところ、どこでも、いつでもイエスを、他の人に紹介することに徹していました。
 私たちも、大伝道者、長老教会を負って立つといった力量もありません。でも、アンデレイエスを紹介することによって、イエスの愛弟子として大活躍するペテロが誕生し、この大使徒も小アンデレがいなければ生まれなかった。また、5000人にパンの奇蹟もアンデレの隠れた功績がなければ行われなかったかも知れません。
 私たちも、世界に向かって獅子吼する大伝道者の力量はない。しかし、「私はキリストに出会った。」「あなたも来たりて、見よ」と人を、イエスのもとに誘うことは出来るのではありませんか。
 キリストは弟子の第一号に、このアンデレを選ばれた。その人選は間違っていなかった。「なきが如きもの、弱き者を選び・・・・、それは、誰も誇る事のないため」と、パウロのことばが響いてきます。

見よ神の子羊を ヨハネ1:29~34

2009 年 6 月 7 日 日曜日

  「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」                      29節
   これは、先駆者ヨハネが、集まった群衆に、この一言でイエスが如何なる方であるかを言い表しました。
 まず。「見よ、世を」と。このことばだけなら、今日でも巷に溢れています。
「世を!」「見よ、世を」でも、そこは享楽街のネオンが輝いていても、悪の巣窟が見えても、人間の救いになるものを見つけ出すことは至難の業というべきでしょう。
 だから、「みよ、世の罪を取りのぞかん」とヨハネは叫んだ。
 確かに、世にも、心ある人たちは「罪」を憂い、罪を排除しようとの、運動を起こす人たちもいることでしょう。でも、悲しむべきかな。やがて、悪の強さ、厚さ、深さに挫折、力尽きてしまう。中には、悪には悪をもってと「暴力」をもって革命、クーデターがおこる。さらに、新しい悪を産み出す。20世紀に、21世紀でそれは、実験済みとなりました。右翼革命ファシズム、ナチズムは独裁者ヒットラーや日本の軍国主義をうみだし。左翼革命は共産主義理想社会を目ざして、結局、非人間的な、弾圧、粛清の中に、新しい罪が生じこそすれ「罪を取り除く」には、至らなかったのです。 
  ここに至って、取り除くべき罪は、単なる外側の社会にとどまらない。悪の根本は、むしろ「革命を叫ぶ」人間の心の中にあることに気づかされるのです。世の罪は、実は、人間の中に潜む悪によって引き起こされるものであって、革命スローガンや、人間の修行や知恵によってはいかんともし難いことに気づかされるのです。
  聖書の中のパウロは、「善をする意志は、わがうちにあるが、かえっ自分でも憎みべき
悪をやってしまう」と、罪との格闘、死闘を演じます。また、日本のパウロともいわれる親鸞も「悪性さらにやめがたし こころは蛇蝎のごとくなり 修善も雑毒なるゆえに 虚仮の行とぞなづけたる. 無慚無愧のこの身に」( 善を取り繕う自分の心には蛇やサソリのごとく黒々と情欲がとぐろを巻いて、本性の悪が隠れているので、どうせ一時的な修行も偽善に過きず,その内本性を現すものだという意味です。)すざましいまでの人間の性悪説の告白です。…
  この「おのれの内に善の宿らぬ」を知って、あらゆる人間的な努力もむなしく、パウロは絶望します。「ああ、悩めるかな。わが死の身体より救わんものは誰ぞ!」と。パウロは世の罪、自分の罪の解決は「神」の他にないことを心底から宣言しているのです。
 神の救いのみ業は、神がキリストとなって世に来られ、人間の罪を身代わりに十字架で死んで下さることでした。キリストが世に来られるまでは、神殿に傷のない小羊をささげることによって一時的な罪の解決の道が示されていました。その旧約の「小羊」こそ、やがて来られるキリストの予表だったのです。そのキリストを、ヨハネは、今、高らかに、「見よ、世の罪を取り除く神の小羊」を、と。、
  罪は人間の仕合わせを奪い、破壊し、絶望させている。それに気づいて、人間的努力にも無力を切実に気づいたものだけが、神のもとに辿りつく、いや神が備えたもう救いの道を発見できるのではないでしょうか。

ただ一言 マタイ8;5~13(日本長老教会・講壇交換・加藤真喜男先生)

2009 年 5 月 31 日 日曜日

 「このような信仰を見たことがありません」
                                      マタイ福音書8:10                                                
皆様は新約聖書の中でイエスに信仰を誉められた方がいる事をご存知でしょうか?今日はその中の一人ローマの百人隊長の信仰を共に考えてみたいと見たいと思います。イエスが山上の説教をし終えて、カペナウムに帰ってきたとき、ある人物がイエスのもとに来ました。今日の主人公である百人隊長です。百人隊長というと、ローマ軍の重要な職であり、軍隊の規律と団結に責任を持たされ、その資質は、ローマ軍の士気を大いに左右する要職であり、エリートでした。その百人隊長が中風で寝ている部下の為に、わざわざ来たのです。
この百人隊長の愛に驚いたのかイエス様は、「私が行って、直してあげよう。」と言われました。しかし、百人隊長は二つの点で、イエスのこの申し出を断るのです。一つ目は信仰の故であり、もう一つは謙遜の故で、ありました。
第1点目の百人隊長の「信仰」とは、たった一言お言葉を下されば、病気は癒されるという信仰でした。それも宗教的な行為、つまりは断食や祈祷や、手を置いて祈るのではなく、イエスの命令するたった一言の言葉だけで癒していただけるという信仰でありました。
二つ目の「謙遜」とは、百人隊長自身がもっている、この世の権威よりイエスの持っている神的な権威の方がずっと高いものであり、比べものにならないものであると認めることのできる謙遜さでした。
10節でイエスはこの百人隊長の信仰に驚かれます。どうして驚いたのでしょうか?イエスの周りいた多くの人々は、奇跡が目の前で行なわれ、多くの病人を連れて来れば癒されると信じました。それは目に見える事への信頼でした。しかし、この百人隊長は、神の子のイエスに対する言葉への信仰でした。百人隊長がここにこそ、本物があり、そのお言葉だけあれば、僕は癒されるという素朴な信仰を持っていたから驚かれたのです。キリストは、百人隊長の信仰のとおりに僕を癒されました。
私達も百人隊長の信仰のように神様の主権を知りつつ、信仰を持って「神様私にあなたの言葉をお与えください」と、御言葉を恋い慕う者でありたいと願わされます。私達の心が、たった一言という百人隊長のように、神の前に謙る者でありたいと思います。

靴の紐を解く足らず ヨハネ1:14~28

2009 年 5 月 24 日 日曜日

「それがわたしのあとにおいでになる方であって、わたしは、その人のくつの ひもを解く値うちもない」。                27節 
 彼は、他の福音書によると、らくだの毛衣を着、いなごと野蜜を食べて、荒野に住んでいました。その風貌や推してしるべし。身体強健な野人でした。徹底して都会風の虚栄や虚名に背を向けて容赦なく世の人々の堕落、不敬虔をあばき、神の審判をもって迫りました。その荒々しい審判の声は国中に響き<マルコ1:5> 王も震えました。民の中には「キリストでは」という声もあがりました。<ルカ5:15>
 しかも、異様な風体、その強壮な身体から、王でも面罵する容赦ない審きの雷鳴を発する彼は、主イエス・キリストに対しては、「靴の紐を解く値うちも無い者」という、かくの如き心情の持ち主、謙虚の人だったのでした。
 世に対し、人に対しては、剛健不屈、ヨハネは主イエスに対しては自己滅却、海底の砂の如く無となるのでした。私は、ただ荒野で叫ぶ声、水でバプテスマを授けるだけ。「その方の靴の紐を解く値うちもありません」、と。
   人々が、あなたは、大予言者エリヤの再来ですか。あなたは、英雄モーセのような預言者ではありませんか。さらに、あなたは、ひょっとすると待望の救主キリスト自身では・・・。と、水を向けられながら、何のケレン味もなく、否、否、否、しからずと返上して、われは、ただ、荒野の声。あのお方の靴の紐を解く値うちもなき奴と、終始しました。
 これを読んで誰か、これを恥じさる者ありやと、聞こえます。その清々さに打たれざる者ありやと聞こえます。
 「あなたは、あの大予言者エリヤの再来では・・・・」と問われて「まぁ、そのような者よ。」と答え「あなたはモーセのような預言者では」と、問われて、「それに類する者」と答えて、「あなたはキリストでは・・・」と問われて「キリストの友よ」と答えることも出来たでしょう。人はほめられて悪い気はあない。そこで、鼻高々と「偉ぶる牧師」なきにしもあらず。
 しかし、ヨハネに限って、そのような色気は一切見せず、キリストの靴の紐を解く値打ちもなき、一つの声、と言い切った!
 自己を無視、自己滅却の人ヨハネ。
 「彼は、やがて、登場するキリストから、女より生まれし者のうち、彼より大いなる者は、起こらざりき」<マタイ11:11>
と、賞賛されと、いわれています。
 私たち「長老教会」はこの27節の「われそのくつのひもを解く値打ちもなし」
の一言に心を合わせ、この涼しさを心がけたいのです。そして、「あの方のこそ、キリスト、人となって来たり給うたことばなる神よ」
 と、指さす教会でありたいのです。すべては「神のご栄光のために」。

光りが世にきたのに ヨハネ1:1~13

2009 年 5 月 17 日 日曜日

「この方はいのちがあった。このいのちは人のひかりであった。」
                                                          ヨハネ1;4
   ヨハネ流の「クリスマス」、キリストの誕生は、先週は「ことば」と、して来られたと読みました、きょうは「光」として世に来られたキリストのお話です。
 なぜ、キリストの誕生が「光」の出現と表現されたのか。
 それは、5節に「光は闇に輝いている」と、あるように、神が人となって世にこられたとは、世は、暗かった。闇だった。その中に、キリスト来たたって「闇に輝いている」と、大きな、全世界を照らす巨大な「光」として世に来られたというのです。
   ヨハネは100才近くまで生きて、この福音書を書いています。彼が見た人生は、世の中は、生きていく苦しみ、病んで苦死んでいる人、老いて介護もされずに痛みを引きずっている人、そして、死んでいく人、いわゆる、生老病死の人の世の暗闇を多く見てきたのでしょう。
 さらに、ヨハネが生きたローマ時代は、パクス・ローマナと言われるように戦争は終結して、一見平和の時代に見えていた。しかし、平和に退屈し、心の平安を失った市民は、巨大なコロシアムを築き、何万という群衆が集まって猛獣と猛獣と戦わせ、血のにおい酔いしれていた。それでも、物足りなく、ついには、競技場の中に池を造り、実戦さながらの海戦を行わせ、人間の剣士同士の一騎打ちで人が死に、殺されいくのを観て狂気していたともいわれています。
  そんな中に、心ある一部の人々の間には、このままでは世界は滅亡する、だから、世界的な救世主の到来が待たれていたという。このような暗黒世界に突入して来られたキリストの教えが、迫害を受けながらも、あの強力な軍事大国ローマを、根底からひっくり返し、
愛と正義のキリスト教国家に変えられていったことは歴史書の記すところです。
 それから、2000年たって、現代の日本は、ヨハネの目になんと映ることでしょう。
いまや世界中が100年に一度の大恐慌に巻き込まれ、一見華やかに見える、文明文化も
何か昔のローマのコロシアムの残骸を見るおもいで、やっぱっり人心には平穏を幸せを与えるにはほど遠いように見えてきます。大量の餓死者、戦争による無惨な犠牲者、自殺者の増加、これは、頂点に到達した文明の末路でなないか。「救世主」は、人の世から、下からは
現れなかった。「光」は上から、神から遣わされない限り、ヨハネの時代も現代も変わりないようです。
 「暗さ」の中に、残念ながら「暗さ」は判らない。光あって初めて、本当の暗さを知る。
 神からの光は、人間の「暗闇」の部分に照射されると、人はともかく、自分の心の欠陥、わが身の穢れ、など心の底まで照らし出される己れの姿に唖然とさせられるのです。人の目には立派、豪華が、神の「「光」に映ると偽善、虚栄、虚飾、好色、どん欲・・・と、思わず目を覆いたくなる真相が暴露されてくるのです。
   イエスはおっしゃっている「わたしは世に来た。わたしを信じる者は、誰もやみの中みとどまりまることのないために・・・・・。」と。 <ヨハネ12:46>

「ことば」は人となってヨハネ1:1~18

2009 年 5 月 10 日 日曜日

「ことばは人となって私たちの間に住まわれた」
                      ヨハネ福音書1:14
    この「ことば」が何を意味しているかは、1節で「ことば」は「神であった」と明言されています。この「ヨハネ」」に、クリスマスのマリヤも、飼い葉桶も羊飼いも、東方の博士らは登場しません。でも、この「ヨハネ」の書き出しは、彼独特のクリスマス物語だったのです。なぜなら、「ことば」は神でり、その「ことば」が「私たちの間に住まわれた」というのは天地万物の創造にも参加された三位一体の子なる神が人となって世に来られたことをヨハネ流に伝えているのです。
 キリストは、神からのメッセンジャーであり、スポークスマンでもあったのです。
 なぜ、、天地万物の創造者なる全知全能の神が人となってくる必要があったかを考えて下さい。
 聞いた話ですが、中国のある詩人が考え込んで道を歩いているとき、蟻塚につまずき、蟻は住まいを襲われたと大騒動になったそうです。一斉に、その詩人を憎き敵と攻撃をしてくる。そこで、優しい詩人は「すまなかった。悪気はなかったのだ」といくら蟻軍団に語りかけても通じません。
   その時、突然、詩人は「判ったぞ。理解できた!」と叫びだしたというのです。
かれは、実は、キリスト教の、神が人の形をとって世に来られたと言うことを聞いていたのですが、それが判らなかった。あの大銀河宇宙を造られ全能の神が、人になって世に来られるということに疑問をもって居たというのです。
 そこで、今回の蟻の件で、いくら自分の方には敵意が無いことを人間の言葉でいくら訴えても理解されなかったが、それを理解してもらうためには、人間が蟻になって蟻の言葉で話しかけなければならないと、と気づくのでした。
 しかし、詩人がいくら考えても蟻になって語りかけることなどできません。
まして「神」が人となるなんて、さらに、不可能で、あり得ないと、思われた。
 ところが、ところが、その神が人間の言葉で語り聞かせて下さる「ことば」として世にきてくださったのです。
 でも自然は、神の作品です。その作品を通して、神の存在、全能、全知であられることは、人類の多くは認めている。日本でも「わたしは神の存在は否定しない。でも、何もキリスト教でなくてもいいでしょう。」と言われる人がいます。
 でも、神の存在に気づいたとしても、その神が、人間に何を求めておられるか、、神は人間に、はたして好意的であろうかは、<自然>からでは判りません。現に太宰治は「わたしは神は信じる。しかし、その神は愛の神ではない。怒りの審きの神だと、いって、自ら生命を絶っています。「ことば」としてこられたキリストは明確に「神は愛であり、罪を悔い改めてくるものには永遠の生命が与えられる」と、私たちに判る人間の言葉で語り教えてくださった。そのために神は「ことば」となってわれらの世に住まわれたのでした。

祝福しながら ルカ24:50~53

2009 年 5 月 3 日 日曜日

「祝福しておられるうちに、彼らを離れて天に上げられた」
                      ルカ24:53
   連続して学んできたルカ福音書も、いよいよ最後です。閉巻です。キリストの生涯を記録した福音書はマタイ、マルコ、ヨハネとわれらがルカ福音書が残されていますが、その中で、文章も内容も一番美しいと言われてきたルカをここに終えるのですが、そのルカ福音書がどのように終わるのか、読み進んできた 私たちに気になることろでした。
  それは、簡潔なイエスの昇天記事でした。イエスは復活して40日間、多くの人に現れ、特にその間弟子たちの最後の訓練、心得、などを教えられていたようです。鈍感で、十字架の迫害を恐れ逃げ隠れしていた弟子たちも、最後になって「復活の主」とともにいた40日間で、弟子たちは見違えるように変えられていました。イエスが彼らを離れて天に帰られるというのに、52節を見ると「彼らは、非常に喜びを抱いてエルサレム(敵の牙城)に帰り、いつも宮にいて神をほめたたえていた」見事な変身ぶりです。復活されたイエスを目の当たりにして、文句なく神の力、何ものにも打ち勝つ事の出来る信仰を確信した姿ではありませんか。
  イエスは50,51節を見ると感動的です。弟子たちと別れて天に帰られるというのに、二度までも彼らを祝福して行かれました。「両手をあげて・・・祝福しながら、彼らから離れていかれた」「祝福しながら・・・」今も私たちを祝福していて下さる姿勢のまま、彼らを離れて行かれた様に思えてなりません。
 それは永久の別れでありませんでした。「あなたがたは心を騒がせないがよい。・・・・わたしはあなた方のために、私は場所を備えにいくのです。・・・あなたがたのために場所を備えたら、また来てあなたがたをわたしのもとに迎えます」(ヨハネ14;1~3)
  パウロの言う「われらの国籍は天にあり」の信仰をいっそう強く確信した弟子たちの頼もしい姿を見る思いがします。
 それにしても「天」に、昇っていかれる、「天」とは。地球の裏側から見れば正反対になるわけだし、今日宇宙写真が見られる時代になって、無限の空間に浮かぶ地球から「天」とは0いかなる方向にありや、と誰もが考えることでしょう。
 使徒行伝を見ると、キリストの昇天に立ち会った弟子たちも「天」はいずくにありやと、目をこらして昇って行かれる先を見つめていたことでしょう。ところが、聖書は「イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた」とあります。神は霊界を十分理解できない弟子たちが、必要以上の好奇心で「天界」の空想を広げないために「雲」で覆い隠されたとみるべきでしょう。天界・神の国は目に見える形ではないとイエスはおっしゃったことがあります。今も私たちには隠されたところで、「場所」が備わったら迎えに来て下さるとのお約束を信じ、その時を楽しみに「待つ」信仰を与えられたいと願っていきたいものです。

エルサレムから ルカ24:44~49

2009 年 4 月 26 日 日曜日

「罪の赦しを得させる悔い改めが、エルサレムから始まってあらゆる国の人々に宣べ伝えられる。」                    ルカ24;47
   イエスは復活され、多くの人々に現れて、「キリストの死よりのよみがえり」は疑いの余地のないほどに、初代教会の中に受け入れられていきました。
 そこで、イエスは弟子たちに、福音は「あらゆる国の人々に宣べ伝えられる。」 ものであるち宣教命令を与えられるのです。                  その、出発点を「エルサレム」からと言われたのです。
 これは驚くべき計画でした。考えても見てください。エルサレムは神殿の宗教屋どものに先導された群衆が、こぞってイエスを十字架につり下げた憎むべき町ではなかったか。過去にかえれは、正義の予言者たちを代々にわたって殺し、そのくせ、自分たちこそ神の選民とのプライドばかり高く、実態は偽善、腐敗、自己義認の頑固な不信仰の都。最悪の都!
 復活されたイエスは、この憎っくき、町に復讐してから、敵どもを殲滅させてから、後顧の難を絶ってから新天地に向かって「伝道」を始めよ、なら私たちにもよく理解が出来ますが、この「最悪徳の町」から伝道を始めとは恐れ入ります。罪人を棄てられず、罪人故に愛し、救いへの努力を惜しまれない、イエスは生前の救世主たる立場は全く変わっていなかったのです。
愛というは「私たちが神を愛したのでなく、神が私たちを愛して下さった・・・・ここに愛がある。」(第一ヨハネ4:10)
 救いの福音は、救われようもない「エルサレム」から、ということは、思えば、
私たちだって、神の前に大きな顔をして「救われる資格者」と高言する者もないでしょう。
 テレビを見ていたら老人ホームの85才の男性が、七夕の短冊に「真っ黒な心を真っ白にして下さい」とかいていた。戦時中の大量殺人、戦後はやくざ稼業で自分の心は真っ黒だというのです。でも、お気の毒です。タナバタの星にいくらお願いしても、何が解決されよう。     
   「エルサレム」は神からご覧になれば真っ黒けのけだったことでしょう。でも、
「キリストは苦しみを受け、三日目に死人の中からよみがえり、その名によって、罪の赦しを得させる悔い改めが、「エルサレムから」始まってあらゆる国の人々に伝えられた。」46節
 どんなに「極悪人」であれ「最極悪の町」でも、自分の非を認め、死人からよみがえられた我らの罪の贖いを完成して下さったイエスを救主として受け入れれば、どんな人をも救おうのご慈愛の福音を世界の果てにまで宣べ伝えよと言われる。

焼いた魚を ルカ24;36~43

2009 年 4 月 19 日 日曜日

「焼いた魚を一切れ差しあげる」ルカ24:42
 キリストが墓からよみがえられたというニュースは都中に瞬く間に広がり、
話題沸騰。
 ところが、キリストの弟子やクリスチャンたちの中に半信半疑、いやなかなか信じられない者たちがいたというのです。
   最初の報告は女たちからでした。でも、女は感情的で自己暗示にかかりやすいから、まともには取り上げられない。いや、大使徒ペテロも見たと証言をしている。彼は男だし、弟子団の指導的立場にある男だ。でも、待てよ。彼はイエスが十字架につけられる直前三度もイエスを裏切り、そのことで悔やみ寝不足気味、神経衰弱になっているのではないか。また、ペテロ一人でイエスを見たというのもあやしいものだ。さらに、いま、エマオに旅をしていた二人の者が、確かに復活のイエスにお会いしたと報告に来ている。でも、彼らは弟子でも名もない下っ端弟子でではないか。イエスが本当に復活したと言うなら、俺たちみんなが集まっているところに現れてくれば万事解決すのだが・・。
そんな、不信仰な弟子団の中に当の、復活のイエスが現れたのです。36節「これらのことを話している間に、イエス御自身が彼らの真中に立たれた」というのです。もうこれでイエスの復活の証拠は完全に揃ったわけです。イエスは、まさに、死人の内よりまさに生き返られたのです。
 ところが、まだ、弟子たちには心配がありました。37節を見てください。
  「彼らは驚き恐れて・・・」何を言い出すかと思えば「霊をみているのだと思った。」復活信仰は非科学時代に、安易に受け入れられたものではなかったのです。彼らも我らと同じぐらい批判精神は持ち合わせていたということです。
そして、復活のイエスはそんな弟子たちを、無理矢理に強制的信じさせようとされた気配は聖書を読む限りありません。
 イエスは「私が霊でオバケの類なら私にさわってみて確かめなさい」とまでおっしゃっているではないか。ところが、ところがそれでも「彼らはうれしさのあまりまだ信じられず、不思議がっていました」
イエスもこんな弟子たちに哀訴もつきそうだったでしょう。でも、イエスはあきらめない。
何をして見せれば、愚鈍な不信仰な弟子たちに復活信仰を徹底的に受け入れさせる方法は、ほかに何があるか。イエスが思いついたのは、ほかでもない食べ物を食べて見せてやりたいと考え出されたことでした。41節「イエスはここに何か食べ物がありますか」と。そこへ差し出された一切れの焼き魚「彼らのまえで、それを取って召し上がられた」。
 復活信仰は狂信的な教団から迷信的作り出されえた、いわゆる神話の類では決してないと、聖書記録者ルカは必死になてイエスの熱意を、私たちに伝えているのではありませんか。
イエスのよみがえりが信じられない理由は何があるというのでしょうか。
 でも、イエスは44節から旧約聖書の預言の成就について詳細に語られ、預言こそ。天才パスカルをうならせた「イエスは預言されて生まれ、預言お通り死んでよみがえられた。故に、イエスは神である」と結論を明言していますように、復活は予言キリストが墓からよみがえられたというニュースは都中に瞬く間に広がり、話題沸騰。
 ところが、キリストの弟子やクリスチャンたちの中に半信半疑、いやなかなか信じられない者たちがいたというのです。
   最初の報告は女たちからでした。でも、女は感情的で自己暗示にかかりやすいから、まともには取り上げられない。いや、大使徒ペテロも見たと証言をしている。彼は男だし、弟子団の指導的立場にある男だ。でも、待てよ。彼はイエスが十字架につけられる直前三度もイエスを裏切り、そのことで悔やみ寝不足気味、神経衰弱になっているのではないか。また、ペテロ一人でイエスを見たというのもあやしいものだ。さらに、いま、エマオに旅をしていた二人の者が、確かに復活のイエスにお会いしたと報告に来ている。でも、彼らは弟子でも名もない下っ端弟子でではないか。イエスが本当に復活したと言うなら、俺たちみんなが集まっているところに現れてくれば万事解決すのだが・・。
そんな、不信仰な弟子団の中に当の、復活のイエスが現れたのです。36節「これらのことを話している間に、イエス御自身が彼らの真中に立たれた」というのです。もうこれでイエスの復活の証拠は完全に揃ったわけです。イエスは、まさに、死人の内よりまさに生き返られたのです。
 ところが、まだ、弟子たちには心配がありました。37節を見てください。
  「彼らは驚き恐れて・・・」何を言い出すかと思えば「霊をみているのだと思った。」復活信仰は非科学時代に、安易に受け入れられたものではなかったのです。彼らも我らと同じぐらい批判精神は持ち合わせていたということです。
そして、復活のイエスはそんな弟子たちを、無理矢理に強制的信じさせようとされた気配は聖書を読む限りありません。
 イエスは「私が霊でオバケの類なら私にさわってみて確かめなさい」とまでおっしゃっているではないか。ところが、ところがそれでも「彼らはうれしさのあまりまだ信じられず、不思議がっていました」
イエスもこんな弟子たちに哀訴もつきそうだったでしょう。でも、イエスはあきらめない。
何をして見せれば、愚鈍な不信仰な弟子たちに復活信仰を徹底的に受け入れさせる方法は、ほかに何があるか。イエスが思いついたのは、ほかでもない食べ物を食べて見せてやりたいと考え出されたことでした。41節「イエスはここに何か食べ物がありますか」と。そこへ差し出された一切れの焼き魚「彼らのまえで、それを取って召し上がられた」。
 復活信仰は狂信的な教団から迷信的作り出されえた、いわゆる神話の類では決してないと、聖書記録者ルカは必死になてイエスの熱意を、私たちに伝えているのではありませんか。
イエスのよみがえりが信じられない理由は何があるというのでしょうか。
 でも、イエスは44節から旧約聖書の預言の成就について詳細に語られ、預言こそ。天才パスカルをうならせた「イエスは預言されて生まれ、預言お通り死んでよみがえられた。故に、イエスは神である」と結論を明言していますように、復活は予言の成就だった。